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山や海なんて越えて

 

夕方、僕は生まれて初めて原付に乗った。

エンジンが唸り、ライトやウィンカーに不備が無いかしきりに点検してみる。試しに軽くアクセルを回すと、全身に振動が伝わる。

ここは従兄弟の家で、もう使わなくなった原付を貰ってもいい、との事でいよいよ今日、これに乗って帰る。

試しに家の周りを一周してみた。

まっすぐ行って、右折して、道なりに沿って、帰ってくる。とりあえずそれで慣らしてみたら。アドバイスに従って、時速30kmの旅が始まった。

坂道を登る、少し緊張で肩が強張る。交通量が少し多くなった交差点を右折する。右折、右折する。右折、右折、出来ない。あ、ダメだこれ。そのまま道なりに左折してしまう。教えられたルートから180°もズレてしまった。でもまあ時計回りに一周から反時計回りに一周に変わっただけ。ちょっとビビって日和って左折してしまったけど、また左折して、戻って来ればいいだけ。左折は上手くいくんだ、大丈夫、左折は上手くいく。

 

戻ってきた。右折が出来なかった事を告げると従兄弟の家から自分の家まで絶対右折ポイントが何箇所かあるけどどうするのと言われた。やるしかない、何とでもなるさ。沖縄の方言でいうと「ナンクルナイサ」というやつだ。

 

かくしてぶっつけ本番で家まで帰るミッションが始まった。車道が常に片側二車線以上ある大きな所を通っていかないといけない。そして僕は右折が出来ない。最初に通った右折ポイントは何なく直進でスルー。家から遠ざかる。道なりに進む。左折してしまう。家から反対方向に進むことになる。もう僕はずっと半笑いだ。「w?ww」ニヤニヤしながら風を感じて、そして左折する。追い越していくバイクは真ん中をサッとすり抜けて右折や直進をやりたいようにしていく。それを横目に僕はバスの後ろで「このバスが右折してくれないかな」と祈るばかりだ。ああ、右折さえ出来ればすぐ家に帰れるのに。なんてことだ、全く知らない道まで来てしまった。全く知らない駐車場に入って(もちろん左折でだ)iPhoneでルートを確認する。

左折を3回ぐらいしたので近付いては居ないが遠くもなってない事を知る。スキルは無いがここは知識で勝負するしかない。

道路交通法の1つ、「二輪車はエンジンを切って押して歩けば歩行者として扱われる」これだ。原付に乗ったまま右折が出来ないのなら、降りて右折してしまえばいい。脳内シナプスが繋がった音がした。半笑いで横断歩道を押して歩く。いいぞ、僕は無敵だ。まさか降りた状態で思うことになるなんて。

幸運なことに、そこから前に同じルートの原付が走っていて右折も左折も全部その人についていった。前に習って右折のウィンカーを出して、前ににじり寄り、右折出来るタイミングで右折する。現段階では、1人で右折するの絶対無理だと思いながらアクセルをふかす。家が近くなったタイミングでその人が帰路ルートから外れる。でも大丈夫だ、僕はこの1時間以上(普通に行けば30分もかからない)の旅で少しずつ成長したはず、最後家に帰るにはデカい右折ポイントがあるがもう大丈あっ無理無理、やっぱ1人は無理。

 

自分の家の前、道路が一番デカい。無理。終わった。右折なんて出来ないです、すいませんでした。僕みたいなやつが原付に乗ってすみませんでした。本当に、マジで、右折しようとしてすみませんでした。一生左折するんで許してください。心が折れた僕は今日2度目の半笑い歩行者になるのだった。